最近は、後継者不足による事業承継の問題から、会社を売りたいと考える経営者が増えてきました。ただし、メリットやデメリット、どこに相談するべきかなどいくつも検討する必要があります。会社を売りたい場合に押さえるポイントを確認しましょう。
1. 会社を売りたいニーズが増加している
中小企業庁の「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」の発表によると、2025年までに経営者が70歳以上の中小企業が約245万社にまで増加するとされています。また、半数を占める約127万社は後継者が未定とされています。そのため、官民一体となり事業承継の促進に向けた取り組みが実施されています。
レコフデータが発表しているM&Aの件数も年々増加しているのが現状です。 2000年代といえば、ライブドアのニッポン放送の株式取得などニュースを賑わせるM&Aが発生しました。その後、リーマンショックが起き、市場が冷え込むとともにM&Aの件数が減少に転じました。
2010年代になると国内企業同士のM&A、海外のM&Aが増加していきます。2017年にはおおよそ3,000件、2019年には4,000件を超えました。2022年には4,304件、2023年には4,015件と4,000件を超えるM&Aが実行されています。
一方、M&Aの取引総額は、横ばいの状態が続いています。取引総額は5兆円から20兆円弱の間で推移しているのが現状です。取引総額が横ばいで件数が増加していることから、案件の小型化が進んでいるといえるでしょう。
近年は、後継者不足に悩む中小企業の社長が、親族外や社外に承継を求めて事業承継するケースが増加している動向も見られ、中小企業のM&Aが活発化しています。大規模案件を中心に取り扱う金融機関やM&A仲介会社も、中小規模の案件を多く取り扱っています。この傾向はさらに活発になると推察されます。
また、事業成長を加速させるためにM&Aを活用するなどもM&Aが増加している要因です。
競争の激化から迅速な事業展開が求められるなか、今後も企業の規模を問わず、会社を売りたいニーズが増加していくことでしょう。
出典:日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2023年)
出典:https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/sme_findings230323_1.pdf
2. 会社を売りたい理由とは?
「会社を売りたい」と考えている経営者は少なくありません。経営者が会社を売りたい理由は無数にありますが、主だった動機で多いのは以下のとおりです。最近は、特に後継者不足を理由とした事業承継問題解決のために会社を売りたい中小企業経営者が増えています。
①経営者の高齢化・先行きの不安
経営者が高齢になり引退を考えたとき、自社を誰に引き継ぐかが問題となります。親族内に後継者候補がいればよいですが、近年は後継者がいないケースや事業の先行きを考えて事業承継を行わないケースも少なくありません。
また、後継者候補がいても個人保証の引継ぎが足かせとなって事業承継が進まないケースも多いです。そのような理由で事業承継を諦めて廃業という選択をすれば、現経営者(オーナー)は個人保証を負った状態が続くため、引退後もリスクを抱えなけれななりません。
M&Aは事業承継手段として活用でき、第三者(他社)へ自社を売却することで自社の存続が実現できます。会社そのものを売却するため負債も相手先へ引き継がれ、経営者の個人保証も外れることがほとんどです。実際、経営者の高齢化や先行き不安を解消するため、会社を売りたいと検討を行うケースは多くみられます。
②資金獲得のため
資金獲得のために会社を売りたいと考える経営者も珍しくはありません。生きていくうえではもちろん、経営にもお金は必要です。
経営者のリタイア後における老後生活資金のため
力を入れて取り組みたい事業があり資金を作るため
経営者の老後における生活資金のため
「経営者である自分がリタイアしてからの老後における生活資金のために会社を売りたい」状況の場合、売りたいと思うのはオーナー経営者でしょう。
M&Aを行って外部の会社に自社を売れば、株式の売却益が手に入ります。株式の売却益を生活資金にすれば、リタイアしてからの生活も安心です。お金が用意できないままリタイアするのは精神的にも大変なので、よくある理由といえます。
社内のある事業に資金を投入したい
「もっと力を入れて取り組みたい事業があるから資金を作るために一度会社を売りたい」と若手の経営者も含めて、多くの経営者が考えます。
会社内の別事業にたくさん資金投入をしたいため、会社内における事業の一部を売りたいと考えるケースもあるでしょう。具体的には、会社内の不採算事業を売り、売れたお金で本腰を入れたい事業を発展させる戦略が人気です。
③選択と集中のため
していると、さまざまな事業に手を広げることも珍しくありません。
いわゆる多角化経営をしている会社や、多くの製品を売っている会社の経営者は、選択と集中を行います。これからの自社に必要な事業をうまく選んで、経営資源を集めることで会社の発展を目指します。
選択と集中の場合は、会社における一部の事業を売る方法です。残す事業の選択が、選択と集中を理想どおりに成功させられるかどうかの鍵となるでしょう。
④シナジー効果を得るため
シナジー効果を求め、会社を売りたいと検討する経営者もいます。会社がM&Aや経営の多角化などの経営戦略を実行するときは、シナジー効果を意識するのがポイントです。
経営資源を有効活用するために異なる事業をうまく組み合わせれば、単なる利益の合計だけではない大きな付加価値を生み出せます。シナジー効果を得る目的で、M&Aによる売却や買収が実施されているでしょう。
⑤従業員の雇用を守るため
従業員の雇用を守るために会社を売りたいと考えるケースもあります。会社経営をして従業員を雇ったら、会社を続けて従業員の雇用を守ることが必要です。
しかし、すべての会社が後継者を見つけて事業承継できているわけではありません。後継者不足などの問題で事業承継をせずに廃業を選んだ場合、従業員は職を失って求職活動を行う必要があるでしょう。今まで一緒に頑張ってくれた従業員の将来を守るために、会社を売ることで存続させることもあります。
シナジー効果が得られる売却先候補を見つけられれば、従業員の待遇も良くなるかもしれません。今抱えている課題を解決するだけでなく、多くのメリットも得られます。
3. 会社を売るメリット
会社を売ることは経営者にとって非常に大きな決断となりますが、どのようなメリットが得られるのでしょうか。ここでは、会社を売る主なメリットについて説明します。
①資金獲得
資金獲得は会社を売る大きなメリットです。会社を売却した場合、以下の年買法(年倍法)と呼ばれる計算方法が相場となる目安です。
純資産(時価)+営業利益3年~5年分
売却時の資産価値に数年分の営業利益を上乗せすることで会社の価値を計算します。例えば、会社売却時の純資産が5億円で、毎事業年度の営業利益が約1億円であった場合は以下です。
5億円+(1億円×3年~5年)=8億~10億円
そして、所有している株式を売却し、仲介手数料などの費用や税金を引いた残りの分はそのまま自身のものになります。
経営者がオーナーである中小企業の場合、後継者不足などで事業継続に難があっても、廃業を選択すると廃業コストがかかります。また、会社に残っている債務の返済を強いられます。
これに対し、会社を丸ごと売却した場合は、負債や借入金も譲受企業に引継いでもらえます。
②後継者問題の解決
後継者不足で悩んでいる場合は、会社を売ることで事業承継問題が解決できることもメリットです。経営者がオーナーの中小企業に後継者がいない場合は、社内や外部の人間、ほかの会社に経営を引き継いで事業承継するしか会社を存続させる方法はありません。
しかし、社内や外部の人間に、会社の所有まで求めるのは、資金面や連帯保証の点から難しいのが実情です。一方、外部の企業に会社ごと売却して経営を引き継いでもらえば、後継者不足による事業承継の問題が解決できます。
中小企業が9割以上を占める日本において後継者問題の解決が大きな課題です。政府は後継者問題に悩む中小企業が事業承継手段としてM&A・会社売却を活用しやすいよう、事業承継税制を拡充などさまざまな施策によって後押ししています。
参照:経済産業省「令和4年度 経済産業政策の重点」(2021年)
:経済産業省「令和4年度税制改正に関する経済産業省要望」(2021年)
③従業員の雇用維持
会社を売ることで従業員の雇用も維持される可能性が高いでしょう。しかし廃業した場合、法人が消滅してしまうため従業員を解雇する必要が生じます。
会社を廃業に伴う従業員の解雇は、整理解雇となります。従業員に対して解雇告知の説明会を実施し、ハローワークに再就職援助計画を提出します。 廃業せざるを得ない理由を従業員が納得いくまで真摯に説明することが大切です。そのうえで、退職金の上乗せや未消化の有給の買取り、慰労金の支給などを行う必要があるでしょう。
しかし、会社売却を行えば従業員の雇用を維持できる可能性は高くなります。また、買収企業の多くは規模が大きいケースが多いため、給与水準が比較的高くなります。結果として従業員の給与額も買収企業に合わせて向上する可能性があるでしょう。
会社売却によって大企業の傘下に入ることができれば、従業員の待遇やキャリア向上にもつながります。
④個人保証からの解放
個人保証から解放されるのも、会社を売るメリットのひとつです。中小企業が銀行などから融資を受ける際は、ほとんどのケースにおいて経営者(オーナー)が連帯保証人になります。
これを個人保証といい、中小企業にとっては信用力の弱さを補えるメリットがあるものの、経営者(オーナー)は取り立ての対象が自身の個人財産となるため、精神的負担やリスクは大きなものです。
しかし、会社をM&Aでほかの企業に売却すれば、それらも通常は譲受企業に全部引き継いでもらえます。会社を外部に売却して会社の所有も手放し、個人保証も含めて事業から解放されるでしょう。
⑤業務からの解放
業務から解放されて自由になれるのも、会社を売るメリットです。経営の第一線を退陣するだけであれば、役職と権限を手放してしまえば済みますが、経営者(オーナー)の立場であり続ければ議決権や借入など会社の存続における大事な部分は自身が引き続き負うこととなります。
中小企業の場合、経営者(オーナー)は経営業務だけでなく現場にでるケースもありますが、どれだけ好きな仕事でも年齢とともに重荷となることも多いものです。会社を売却すれば、このような負担からも解放されるので、新しいステージへ進むこともできます。
⑥シナジー効果
シナジー効果を得られるのは、会社を売る際の大きなメリットです。赤字続きなど経営に問題を抱えたまま会社を売却した場合でも、その後に売却先企業の事業とのシナジー効果を発揮できれば、問題を抱えていた事業の復活も大いにあり得ます。
より大きなシナジー効果が期待できる場合には売却価格が高くつく可能性もあるため、会社の売却を検討する際は、事前にどのような企業や事業であればシナジー効果を創出できるか予測しておくとよいでしょう。
4. 会社を売るデメリット
会社を売る際には、デメリットもあります。法律によって禁止されている事柄もあるので、注意が必要です。
①競業避止義務による事業制限
会社を売りたい場合いに気をつけたいのは競業避止義務です。競業避止義務とは「当事者における別段の意思表示がない限り、譲渡会社は同一市町村および隣接市町村の区域内で、事業譲渡日から20年間同一の事業を行えない」という決まりのことです。
M&Aの場合は最終契約書に競業避止義務条項を入れるケースがほとんどであり、競業避止義務についての条項がある場合、売却企業側は売却した事業と同業種の事業を原則20年間行うことができません。
競業避止義務の期間は原則20年間ですが、売却側と買収側の協議によって任意で期間を決めることができます。
なお、株式譲渡を用いた場合、最終契約書において競業避止義務の定めがなければ売却側はその責を負いませんが、事業譲渡を用いた場合は最終契約書に記載がなくても会社法の定めにより競業菱義務を負うため注意が必要です。
②ロックアップ
M&Aによるロックアップはキーマン条項とも呼ばれ、売却企業のキーマン(基本的には経営者)が2〜3年間、企業に残ることを契約によって取り決めます。
ロックアップは売却企業側のキーマンが業務やノウハウの引き継ぎを行いますが、これは事業のキーマンが抜けて買収後の事業が回らなくなるのを防ぐことが目的です。
売却側の経営者(オーナー)つまりロックアップをかけられる側からすれば、ロックアップ期間は会社をやめられず不自由な状態に置かれるため、経営者(オーナー)としてはロックアップを外してM&A成立を目指したいと考えるかもしれませんが、その場合は売却価額が引き下げられる可能性もあります。
ロックアップを外して契約を締結するのは難しいケースが多いため、期間や条件などを買収側とよく協議して決定するようにしましょう。
③会社イメージの低下
最近でこそ、会社を売りたいと考えるのはそれほど珍しくなくなり、世の中の理解も深まってきました。しかし、今でも会社売却は「身売り」や「敗北」といった昔ながらのイメージで捉える人がいるのも事実です。
売却が決まっても、取引先や地域における人たちへの説明不足により、不必要にイメージの低下を招いてけげんな目で見られることがあります。
従業員が自社に持つイメージも大事です。従業員が会社への信頼をなくす事態になると、人材流出やモチベーションの低下につながります。会社を売りたいと考えたときから、関係者から最大限の理解を得られるようどのように手を打つか考える必要があるでしょう。
④利益が得られない可能性
会社を売りたいと検討し、売却時の支払額や会社を早く手放したいと目先のことしか考えないと、納得できないまま売買契約を実行してしまうと、思ったような利益を得られない場合があります。
例えば、M&Aの実行後に、M&A仲介会社に支払う報酬や後にかかる税金などです。それらを想定して計算しなければ、利益が目減りする可能性があります。
⑤従業員のモチベーション低下
自社が売却されるということは少なからず従業員に影響を与えるため、モチベーションの低下につながる可能性もあります。
モチベーションが低下すれば離職する従業員もでてくるため、会社売却の事実を経営者は丁寧に伝え、今後の待遇などについてもしっかり説明することが重要です。
特に優秀な従業員が離職すれば、M&A後の事業運営に影響を受ける可能性もあるため、従業員のメンタル面をしっかりケアする必要があります。
5. 会社の売却手法・スキーム
会社売却のスキームはいろいろありますが、中小企業を売りたい場合は、株式譲渡と事業譲渡、会社分割がほとんどです。それぞれのスキームを順番に確認しましょう。
株式譲渡
会社を売りたいときによく使われる売却スキームとして、株式譲渡が挙げられます。株式譲渡は、会社のオーナーが保有する株主を買い手側に譲り渡すことで会社の経営を引き継ぐ方法です。株式譲渡は一般的に、ほかのM&Aスキームと比べて簡単といえます。
一部分の事業だけを売るのではなく、会社すべてを売りたい場合に便利な方法です。特によく利用されるのが事業承継目的のケースで、ほとんどの場合、中小企業は株式譲渡を選択します。
株式譲渡のメリット
株式譲渡のメリットは、簡便で対外的な影響が小さいことです。以下4つを挙げます。
- 会社は存続し、事業はそのまま残る
- 契約や許認可、取引先なども引き継げる
- 基本的に会社内で完結できる
- 短期間で事業拡大と安定化を図れる
株式譲渡のデメリット
株式譲渡のデメリットは、以下のとおりです。
- 従業員の労働条件などに変更が出る可能性がある
- 買収すると負債まで引き継ぐことになる
- 会社を丸ごと売却するので事業のみは売却できない
事業譲渡
事業譲渡は、会社を売りたいと考える経営者が検討する方法の一つです。会社が取り組むすべての事業を譲り渡すことも一部の事業だけを譲り渡すことも可能な方法で、一部だけ事業を譲渡するケースがよく見られます。
ただし、事業譲渡を行った会社は、競業避止義務によりノウハウを使って同事業を営めません。将来のことも冷静に考えたうえで、どの事業を売るのか検討しましょう。
事業譲渡のメリット
事業譲渡のメリットをまとめると、以下になります。
- 一部事業のみの売却ができる
- 譲渡範囲を決められるので負債の引き継ぎを検討できる
- 会社経営用の資金を得られる
事業譲渡のデメリット
一方で、事業譲渡のデメリットとしては、主に以下が挙げられます。
- 株主総会で承認が必要となる
- 手続きが複雑で取引先への影響も懸念される
- 許認可の引き継ぎが原則できない
- 買収側は対価を現金で用意しなければならないことがある
- 債権を引き継ぐ場合は債権者の同意が必要となる
会社分割
会社を売りたいと経営者が思ったとき、ケースによっては会社分割のスキームが選ばれることもあります。会社分割は、会社を複数の法人格に分割して、それぞれの法人格に組織や事業、資産を移す方法です。分けた事業を新しく設立した会社に移す新設分割と、既存会社に移す吸収分割があります。
成長している部門を子会社として独立化させる場合や、不採算部門を切り離す場合、関連企業内で重複する事業を集約したい場合など、グループを再編成して経営効率を高めるために有効なスキームです。
会社分割のメリット
メリットをまとめると以下のとおりです。
- 債権者の同意が必要ない
- 原則として資金負担が必要ない
- 条件を満たせば取引先との契約更新は必要ない
会社分割のデメリット
デメリットには、以下が挙げられます。
- 上場企業は時間と費用が必要となる
- 負債の引き継ぎが必要となる
- 許認可の引き継ぎができる、できないに分かれる
株式交換
株式交換とは、完全子会社(売り手)となる会社の発行済株式の全てを完全親会社(買い手)に取得させる方法です。株式交換後は、売り手企業に対して、100%の完全支配関係が発生します。
主な利用目的として、グループ内子会社の完全子会社化を目的として活用されるケースが多いです。組織再編で完全子会社でない会社の株式をすべて保有し、完全親子会社関係という100%の支配関係とすることで、グループ連携を強化するために実施されます。
株式交換のメリット
メリットをまとめると以下のとおりです。
- 買収資金が不要
- 株主全員の同意を得る必要がなく、少数株主を排除しやすい
- 売り手の独立性を維持できるため、早急な経営統合が不要
株式交換のデメリット
デメリットには、以下が挙げられます。
- 買い手の株主構成が変化
- 株式交換が承認されると強制的に株式が交換される
- 包括承継となるため、不要な資産や負債も引き継ぐ
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